横浜地方裁判所 平成8年(ワ)1445号 判決 1998年1月19日
主文
一 被告らは、原告に対し、各自九九二万五七六〇円及びこれに対する平成五年四月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告らは、原告に対し、各自五六五三万九八四四円及びこれに対する平成五年四月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、自転車に乗って走行中の被害者が自動車に衝突されて負傷し、右事故の後遺障害が原因で死亡した被害者の相続人が民法七〇九条に基づき損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実及び括弧内の証拠により認められる事実
1 事故の発生
訴外石井ウン(以下、被害者という)は、次の交通事故によって後記(六)記載の傷害を負った(以下、本件事故という)。
(一) 日時 平成五年四月二一日午後二時二〇分頃
(二) 場所 福島県双葉郡富岡町大字下郡山字下郡一七〇番地の一(国道六号線)
(三) 被害車両 自転車(以下、原告車両という)
右運転者 被害者
(四) 加害車両 普通貨物自動車(いわき八八さ二六一七、以下、被告車両という)
右運転者 被告笹山勝好(以下、被告笹山という)
(五) 態様 被告笹山は、前記日時、場所において、被告車両を運転走行中、歩道上を原告車両を運転して進行している被害者を認識した。被告車両の左後部が原告車両の前部に接触した。
(六) 結果 被害者は、アスファルトコンクリート舗装の路上に自転車と共に転倒し路面に右側頭部を強打し、外傷性急性硬膜外血腫の傷害を負い、平成六年一一月四日、後遺障害等級一級三号の事前認定を受けた。被害者は、平成七年五月三〇日、居宅内を歩行中転倒し、急性硬膜下血腫(甲一三の16)のため同日死亡した。
2 責任原因
(一) 被告笹山は、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。
(二) 被告福島県共済農業協同組合連合会(以下、被告共済連という)は、保険契約に基づく保険者として、被告笹山の被害者に対する本件事故による損害を賠償する責任がある。
3 損害の填補
被告らは原告に対し、別紙「石井ウン様にかかる共済金支払状況」記載のとおり、合計二三六一万七四一九円を支払った。
二 本件の争点
1 事故の態様、原告側の過失の有無及び割合
2 本件事故と死亡との因果関係の有無
3 損害額
4 損害賠償請求権の相続
第三争点に対する判断
一 事故の態様、原告側の過失の有無及び割合
1 証拠(甲一二の1、乙一)によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件事故現場の道路は、アスファルト舗装された平坦な道路であり、現場付近は非市街地で交通量は普通であった。原告車両及び被告車両からの見通しは、前後左右とも良好であった。
(二) 被告笹山は、被告車両を運転して国道六号線を仙台市方面からいわき市方面に向かって走行中、グリーンベルトと外側線の間の歩道上を原告車両を運転走行している被害者を左前方に認めたが、約二〇メートル前方で左折するため右側車線にふくらませて左折の方向指示を出しながら左折を開始した。被告笹山は、左折進行する被害者を左側に見て、このまま左折すれば原告車両に衝突するかもしれないと思ったが、後続車両があったので左折し終わった地点でバックミラーに原告車両がよろけて倒れるのを見て、被告車両の左後部荷台に原告車両の前部が接触したことに気づいて停車した。
2 右認定事実によると、被告笹山は、追越し左折にあたって後方の安全を確認して進行する義務があるにもかかわらず、右の義務を怠り左折進入し原告車両の進路を妨害した過失が認められる。一方、被害者には、重過失ないし著しい過失を認めるに足りる証拠はなく、本件は追越左折であるから基本の過失割合は、被告車両が一〇〇で原告車両が〇である。したがって、被害者には過失は認められない。
二 本件事故と死亡との因果関係の有無
1 証拠(甲一三の一、一三の七の2、一三の九の1、2一三の一〇、一三ないし一六、証人石井黎子)によると、次の事実が認められる。
(一) 被害者は、本件事故により外傷性急性硬膜外血腫の傷害を受け、健忘症と軽度の痴呆症が認められ、事故後一年六か月経過した平成六年一一月四日、外傷性硬膜外血腫逆行性健忘等を残しているとして後遺障害等級一級三号の事前認定を受けた。
(二) 平成六年三月頃の被害者の日常生活状況についての被害者の二女の報告には、「被害者は、午前中、家の回りを散歩しているが、付き添わないと行方不明になるので一人歩きをさせられないこと」、の記載が、同年六月、渡辺病院医師石橋安彦作成の被害者の日常生活動作検査表には「独歩は可能、てすりにつかまって階段を昇り降りすることは時間をかければ可能である」との記載が、医師の意見として、「介助を要する状態である」との記載がある。
(三) 被害者は、平成七年五月三〇日、居宅内を歩行中に転倒し、急性硬膜下血腫のため同日死亡した。なお、原告は、急性硬膜外血腫のため死亡したと主張するが、前掲甲一三の16により死因が急性硬膜下血腫によるものであることは明らかである。
2 右の事実によれば、被害者には本件事故の後遺障害による歩行障害の事実は認められず、本件事故とは無関係な転倒により、本件事故の病名(急性硬膜外血腫)とは関係のない急性硬膜下血腫により死亡したものであることが認められ、したがって、本件事故と死亡との間には相当因果関係の存在を認めることはできない。
三 損害額
1 治療費(請求額四七三万一六二四円、内既払額四七〇万八九九四円、差引請求額二万二六三〇円)及び通院費(請求額一万四四〇〇円)
原告は、平成六年六月一日から同月二八日までの通院及び治療費を請求しているが、いずれもこれを認めるに足りる証拠はない。
2 葬祭費(請求額一二〇万円)
被害者の死亡と本件事故との間には相当因果関係が認められないことは前記のとおりであるから、損害として認めることはできない。
3 居室改造費(請求額三五八万八四三七円)
証拠(甲一六の一、一六の二の1、2、一六の三の1、2、一七の一ないし三、一八の一、二、一九の一、二、二〇の一、二、二一、二二の一、二、二三の一、二、二四の一、二、二五、二六の一、二)によると、原告は、台所、浴室、廊下、壁塗り、床工事費等として三五八万八四三七円を支出したことが認められるが、証拠(乙六の一ないし一一、証人石井黎子)によると、被害者のために玄関の敷居をなくし、玄関から部屋に上がる高さを低くしたこと、台所に入るところの敷居をなくしたことが認められるにすぎず、身体障害者の施設にあるような階段にスロープをつけたり、浴室にてすりをつけたりするなどの工事は右工事の内容に含まれておらず、家族の便宜のための改造が大半であることが認められる。右の事実によると、被害者のための居室改造費としては、原告の請求額のうち、一〇〇万円を損害として認めるのが相当である。
4 調査交通費(請求額二一万三七八〇円)
証拠(甲二九)によると、原告は被告らに対し内容証明郵便のやりとりで示談交渉をしたことが認められるが、原告がそのために出張したこと及び右費用について裏付けとなる証拠はない。本件において、加害者側の態度が常軌を逸していたため不必要な交渉の負担を原告が負ったとは認められないので、仮に、原告が右程度の費用を負担したとしても、それは自己権利確保のためやむを得ないというべきで、損害として認めることはできない。
5 オムツ代(請求額一二万一六〇〇円)
証拠(甲八、一四の一、二)によると、オムツ代として請求額(一二万一六〇〇円)とおりの損害を被ったことが認められる。
6 看護費(請求額二四四八万六一〇五円、内既払額三一九万三八二一円、差引請求額二一二九万二二八四円)
(一) 被害者死亡までの看護費(請求額四〇三万四七四八円)
証拠(甲八、一三の二、五、六、八、一一、二八の一、二、弁論の全趣旨)によると、次の事実が認められる。
(1) 被害者の後遺障害は平成六年四月五日に症状が固定した。
(2) 被害者の看護のため、四二日間、家政婦が付き添った。
(3) 被害者は、本件事故後、痴呆症のため徘徊することから公的援助を受けることが困難となったため、訴外石井黎子(以下、黎子という)は、被害者と同居して付添看護するため、平成五年四月三〇日、勤務していた会社を辞めた。黎子の平成四年の年収は四八六万〇二九五円(一日当たり一三三一五円)である。
右の事実によると、本件事故と相当因果関係を有する入通院期間は、平成六年四月五日までの三五〇日間、付添費として一日当たり一万三三一五円が相当である。
以上の事実をもとに、被害者死亡までの看護費を計算すると、以下のとおりとなる。
(計算式)
一万三三一五×(三五〇-四二)=四一〇万一〇二〇(円)
(二) 八三歳の平均余命までの看護費(請求額一七二五万七五三六円)
被害者の看護費については、被害者が死亡した時点までの分について認められるものであって、死亡後は認められず、平均余命まで認められるとの原告の主張は理由がない。
7 逸失利益(請求額三一二万〇二三八円、内既払額六五万〇〇五九円、差引請求額二四七万〇二二四円)
前記争いのない事実及び弁論の全趣旨により認められる以下の事実、すなわち、被害者は症状固定時八四歳、死亡に至るまで四〇五日間、後遺障害等級は一級三号、労働能力喪失率は一〇〇パーセント、就労可能期間は余命年数六・九八の二分の一である三年(年未満切り捨て)、ライプニッツ係数二・七二三、年収額は六五万〇〇五九円を前提にして逸失利益を計算すると、以下のとおりである。
(計算式)
(一) 死亡に至るまで四〇五日間
(六五万〇〇五九÷三六五)×四〇五=七二万〇九〇〇(円)(円未満切り捨て、以下同じ)
(二) 逸失利益
六五万〇〇五九×〇・五(生活費控除)×二・七二三=八八万五〇五五(円)
8 慰謝料
(一) 後遺障害慰謝料(請求額一八〇〇万円、内既払額一二〇〇万円、差引請求額六〇〇万円)
後遺障害慰謝料としては二四〇〇万円が相当である。
(二) 死亡慰謝料(請求額一八〇〇万円)
被害者の死亡と本件事故との間には相当因果関係が認められないことは前記のとおりであるから、損害として認めることはできない。
(三) 遺族固有の慰謝料(請求額七二〇万円、内既払額二〇〇万円、差引請求額五二〇万円)
被害者の後遺障害の程度が重いことを考慮して原告の慰謝料として一〇〇万円を認めるのが相当である。
9 損害合計
前記3ないし8の合計は三一八二万八五七五円である。
四 損害賠償請求権の相続
証拠(甲一、二、甲三ないし五の各1、2、二七の1、2)によると、原告は、被害者の被告らに対する本件損害賠償請求権を被害者の相続人らから譲受け、被害者の遺産の一部である右請求権を単独相続したことが認められる。
五 損害の填補
原告が被告らから二三六一万七四一九円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。原告は、右填補を受けた損害額のうち、本訴において、付添看護費(別紙「石井ウン様にかかる共済金支払状況」<3>と4の合計額三九万四六〇四円)及び自賠責共済金の一部(別紙「石井ウン様にかかる共済金支払状況」<12>から原告が請求する慰謝料のうち既払額一四〇〇万円を控除した残額一三二万円)の合計一七一万四六〇四円を請求していないので、右填補額からこれを控除した二一九〇万二八一五円を前記三の9の損害合計三一八二万八五七五円から控除した残額である九九二万五七六〇円が原告の差引請求額となる。
第四結論
以上によれば、原告の請求は九九二万五七六〇円及びこれに対する平成五年四月二一日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 日野忠和)